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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)17946号 判決 1989年2月23日

原告

植草芳之

被告

横瀬運送有限会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金三五九〇万九六七六円及びこれに対する昭和五九年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下、次の事故を「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五九年一二月二八日午後七時四五分頃

(二) 場所 東京都中央区築地二丁目一五番一五号先路上

(三) 加害車両 被告菅谷安晴(以下「被告菅谷」という。)運転の普通貨物自動車(以下、「被告車」という。)

(四) 被害車両 原告運転の原動機付自転車(以下「原告車」という。)

(五) 態様 被告菅谷が右折しようとして被告車を車線変更し中央分離対に寄せたところ、並進していた原告車及び原告の身体に接触させ、原告車を横倒しにした。

2  責任原因

(一) 右側車線に車線変更しようとする者は自車の右側及び右後方を注視し同方向に自車と並進して進行中の車両の有無動静を確認してその進行を妨害しないで車線変更すべき注意義務があるのに、被告菅谷は右義務を怠り漫然と車線変更を行つた過失により本件事故を発生させた。

(二) 被告横瀬運送有限会社(以下「被告会社」という。)は被告菅谷を使用していたところ、同被告が被告会社の業務執行中に本件事故が発生した。

3  原告の受傷、治療経過及び後遺症

(一) 傷害の内容

大腿骨開放骨折、左膝捻挫

(二) 治療経過

東京都済生会中央病院(以下「済生会病院」という。)に昭和五九年一二月二八日から昭和六〇年七月二九日まで入院(二一四日間)、同月三〇日から昭和六一年四月二三日まで通院(二六六日間、内通院実日数一四日)、同月二四日から同月二七日まで入院(四日間)

(三) 後遺症

左下肢の機能障害、左下肢の知覚鈍麻、両膝の瘢痕等。後遺障害別等級第七級に該当

4  損害

(一) 治療関係費 三七万三一八〇円

(1) 入院雑費 一七万四四〇〇円

一日八〇〇円の二一八日分

(2) 入退院、通院交通費 七万〇三八〇円

タクシー一回往復四一四〇円の一七回分

(3) 医師への謝礼 九万〇〇〇〇円

(4) 将来のステツキ代 三万八四〇〇円

原告は前記後遺障害のためステツキが必要となつた。ステツキは一本八〇〇〇円で、六年ごとに交換しなければならない。原告は昭和三三年一〇月一七日生まれであり平均余命は四八年であるから、将来八本のステツキが必要となるところ、中間利息の控除、物価上昇を考慮して、次の計算式のとおり、その六割を請求する。

(計算式) 八〇〇〇×八×〇・六=三万八四〇〇

(二) 休業損害 二〇〇万〇〇〇〇円

原告は本件事故当時、ジーオー企画に勤務し、一月当り二五万円の収入を得ていたところ、本件事故による傷害のため昭和六〇年一月から昭和六一年五月までの一七か月間勤務ができず、うち昭和六〇年一〇月から昭和六一年五月までの八か月間収入が得られなかつた(昭和六〇年一月から同年九月までの九か月分二二五万円は被告らから受領済み)ので、二〇〇万円の得べかりし利益を失つた。

(計算式) 二五万〇〇〇〇×八=二〇〇万〇〇〇〇

(三) 後遺症による逸失利益 二〇九三万六四九六円

原告は前記後遺障害のため二〇年間にわたり労働能力を五六パーセント喪失した。原告は前記のとおり一月当り二五万円の収入があつたのであるから、年五分の割合によりライプニツツ方式によつて中間利息を控除して(係数一二・四六二二)現価を算出すると、二〇九三万六四九六円の得べかりし利益を失つたことになる。

(計算式)

二五万〇〇〇〇×一二×〇・五六×一二・四六二二=二〇九三万六四九六

(四) 慰藉料 九五〇万〇〇〇〇円

(1) 入院通院慰藉料 一五〇万〇〇〇〇円

(2) 後遺症慰藉料 八〇〇万〇〇〇〇円

(五) 物的損害、雑費 一〇万〇〇〇〇円

(1) 原告車 六万〇〇〇〇円

原告車は本件事故により全損したのでその価額。

(2) 衣類等 三万五〇〇〇円

(3) 諸雑費 五〇〇〇円

(六) 弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円

(七) 合計 三五九〇万九六七六円

よつて、原告は被告ら各自に対し、損害金合計三五九〇万九六七六円及びこれに対する事故発生の日の後である昭和五九年一二月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち(一)ないし(四)は認め、(五)は否認する。

2  同2について

(一) (一)は否認する。

本件事故は、原告が道路右側を制限速度四〇キロメートルのところを六〇キロメートルで進行し、被告車の方向指示の合図に気づかず、漫然と進行したため、原告車を中央分離帯に衝突させ、そのまま中央分離帯をこすりながら一〇・五メートル進んだ後、被告車後方にぶつかつていく形で衝突して発生したものである。被告菅谷は車線変更に際し、右への方向指示器を出したうえ、右方の安全を確認したものであり、過失はない。

(二) (二)は認める

3  同3は知らない。

4  同4について

(一) (一)は認める。(原告の治療費は、後記のとおり、この他に四五四万六四七七円かかつている。)

(二) (二)は否認する。原告には定収入がなかつた。(なお、被告らが原告に支払つた休業補償名目金は、後記のとおり、二九一万円である。)

(三) (三)は否認する。原告の逸失利益は後遺障害別等級九級(労働能力喪失一〇〇分の三五)と平均給与を前提とした一二六九万二五四七円が相当である。

(四) (四)は否認する。六九〇万円が相当である。

(五) (五)は認める。

(六) (六)は否認する。

(七) (七)は争う。

三  抗弁(損害の填補)

被告らは損害の填補として次のとおり合計一四九五万六四七七円を支払つている。

1  治療費として 六四四万〇四七七円

(一) 差額ベツド代 一八九万四〇〇〇円

(二) その他の治療費 四五四万六四七七円

2  雑費名目で 三八万六〇〇〇円

(一) 昭和六〇年一月二四日支払分 八万〇〇〇〇円

(二) 同月二七日支払分 一〇万〇〇〇〇円

(三) 同月支払分 三万〇〇〇〇円

(四) 同月三〇日支払分 三万〇〇〇〇円

(五) 同年二月九日支払分 一万〇〇〇〇円

(六) 同月一七日支払分 三万六〇〇〇円

(七) 同年三月二一日支払分 一〇万〇〇〇〇円

3  休業補償名目で 二九一万〇〇〇〇円

4  自賠責保険金(後遺障害分)から 五二二万〇〇〇〇円

四  抗弁に対する認否

1  1は認める。

2  2のうち、(一)、(二)、(六)、(七)は認め、その余は否認する。

3  3は認める。

4  4は認める。

第三証拠

証拠は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

一  事故の発生のうち、日時、場所、加害車両、被害車両(請求原因1(一)ないし(四))は当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様(請求原因1(五))及び責任原因(同2)について判断する。

1  成立に争いのない乙第一号証の二ないし七及び第七号証、原告本人尋問の結果(後記信用できない部分を除く。)並びに被告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、銀座方面から月島方面に向かう道路(晴海通り)の月島方面に向かう車線(以下「月島方面車線」という。)上で発生した。右道路を銀座方面から進行すると、万年橋交差点、京橋郵便局北東角前の交差点(以下「京橋郵便局前交差点」という。)、築地四丁目交差点がそれぞれ約一五〇メートルの間隔をおいて続き、右三交差点にはいずれも信号機が設置されていた。

月島方面車線は京橋郵便局前交差点手前では四車線であり、歩道寄りから第一通行帯三・七メートル、第二通行帯三・〇メートル、第三通行帯三・一メートル、第四通行帯(右折車線)二・二メートルであり、対向車線との間には中央分離帯が設けられていた。月島方面車線には京橋郵便局前交差点手前に停止線が引かれており、そこから五・二メートル進んだ場所から幅六・四メートルの横断歩道があり、右横断歩道を過ぎて三・〇メートル進むと、左方からの道路(幅員一二メートル)の車道端の位置となり、一二メートルにわたつて左方からの車道と交差していた。そして、左方からの車道との交差部分が終わる位置から五・四メートル進行すると、幅五・七メートルの横断歩道(以下「交差点先の横断歩道」という。)があつた。右横断歩道を過ぎると車道は三車線の区分が始まり、歩道寄りから第一通行帯三・二メートル、第二通行帯二・八メートル、第三通行帯三・二五メートルとなり、対向車線との間に中央分離帯が設けられていた。交差点先の横断歩道を過ぎた位置から一八・九五メートル進んだ場所からは、月島方面車線の幅員が次第に広がるように中央分離帯が斜めに設置されており(以下、この月島方向の車線が広がり始める場所を、「中央分離帯が斜めになり始める場所」という。)、築地四丁目交差点手前では再び四車線になる(第四通行帯は右折車線)ようになつていた。なお、車道と歩道の境界線は、京橋郵便局前交差点の前後でほぼ一直線上にあつた。

本件事故当時、本件事故現場道路は平坦で舗装され路面は乾燥し、最高速度は時速四〇キロメートルに制限されていた。また、付近は照明により明るく前後の見通しは良好であつた。

(二)  被告菅谷は被告車(長さ七・八一メートル、幅二・二六メートル、高さ三・〇七メートル、最大積載量三・五トンの貨物自動車)を運転して、晴海通りを月島方面に進行していたが、京橋郵便局前交差点手前で被告車進行方向の信号が赤であつたために、第二通行帯と第三通行帯の境界線をまたぐようにして、前車三台くらいの後に続いて停止した。被告菅谷は、右信号が青になり、被告車を発進させ、左方からの車道との交差部分を直進して通過し、引続き第二通行帯と第三通行帯の境界線をまたぐようにして(被告車左側が第三通行帯から第二通行帯に〇・五五メートル程度はみ出すくらいの位置。したがつて被告車と中央分離帯との間に約一・五メートルの空間があつた。)走行していたが、第四通行帯に入るために右折の方向指示器をつけたうえ、前記中央分離帯が斜めになり始める場所のやや手前で右転把を開始した。その直後、被告車の後部右側を並進していた原告車が中央分離帯を擦つた後、被告車の右側面に衝突した。被告菅谷は右衝突により原告車が転倒したのを見て、被告車を減速したが、すぐに加速して直進進行していつた。

(三)  原告は原告車(長さ一・八七五メートル、高さ一・一三五メートルの原動機付自転車)を運転して、晴海通りを月島方向に進行していたが、万年橋交差点手前で原告車進行方向の信号が赤であつたために、第一通行帯に先頭で停止した。原告は信号が青に変わつたので原告車を発進させ、同交差点手前の第二及び第三通行帯を先頭で停止していた自動車より先に進行して、京橋郵便局前交差点の手前までの間に第一通行帯から第二通行帯を横断して第三通行帯に移つていつた。そして、同交差点の信号は青であつたので停止、減速することなくそのまま進行し、前方を走行する被告車に接近していつたが、第三通行帯の中央分離帯寄りをそのまま進行して、被告車と中央分離帯との間を走り抜けようとした。ところが、原告車が被告車右側面後部の右側にさしかかつた時、被告車が右に転把してきたので、原告車は被告車と中央分離帯にはさまれるような形になり、原告は危険を感じて、とつさに右に転把した。そのため、原告車前部が、前記交差点先の横断歩道を過ぎた位置から七・三五メートル進んだ場所で中央分離帯に接触し、そのまま中央分離帯を擦りながら約一〇メートル進み、さらに、原告の操作又は何らかの反動により原告車前部が左方に向き変わり、前記中央分離帯が斜めになり始める位置から三ないし四メートル進んだ場所で、原告車左側を並進していた被告車の右後輪ホイールロード部並びに右後輪中心から〇・四メートル後方で地上からの高さ約〇・八メートルのところにあるマーカーランプ及びリヤフエンダーに原告車前部が衝突し、マーカーランプが破損してその破片が右衝突地点付近に落下した。右衝突により、原告車は右衝突地点付近に転倒して停止し、原告は路上に投げ出された。

これに対し、原告は本人尋問において、被告車は原告車の後方を走行していたところ本件事故現場手前で原告車を追い抜いたうえ、第二通行帯から第三通行帯に車線変更をしてきたので、原告車と被告車右側面が接触し、その後に原告車は中央分離帯を擦つた旨供述し、甲第二及び第三号証にも同様の記載があるけれども、いずれも信用することができず、他に(一)ないし(三)の認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そこで、被告菅谷の過失につき判断すると、運転者は車線区分を守り、また、右側に進路変更するときは自車の右側及び右後方を確認して自車の右側及び右後方を進行している他車の進行を妨害しないようにする注意義務があるところ、1で認定した事実によれば、被告菅谷は第二通行帯と第三通行帯をまたぐように進行し、そのため被告車右側に空間ができて後続の原告車が第三通行帯中央車線寄りを進行できるようにしたうえ、右に転把するに際して右後方の確認が不十分(右のように被告車は中央分離帯寄りの第三通行帯内を通行していたものではなく、その右側にはかなりの空間があつたのであるから、右に進路変更する場合に右方及び右後方の安全を確認する義務があるというべきである。)であつたため、原告車を認識することなく右転把を開始し、その結果原告がとつさに右転把をすることになつて本件事故が発生したのであるから、被告菅谷には前記注意義務違反の過失が認めることができる。したがつて、同被告は民法七〇九条により本件事故による損害を賠償する義務があるというべきである。

3  そして、被告菅谷が被告会社に使用されその業務執行中に本件事故が発生したこと(請求原因2(二))は当事者間に争いがないから、被告会社は民法七一五条により本件事故による損害を賠償する義務があるというべきである。

4  他方、原動機付自転車の運転者は安全な進路を採つて進行すべきであるのに、1で認定した事実によると、原告は後方から被告車に接近した際、減速して被告車の後方を走行することなく、被告車と中央分離帯との空間を走り抜けようとしたため、被告車の右転把に伴いとつさに右転把することになり本件事故が発生したのであるから、過失があるというべきである。

被告と原告の過失の内容、程度等を考慮すると、被告らが賠償すべき額は原告の損害から四五パーセントを控除した額とするのが相当と認められる。

三  原告の受傷、治療経過及び後遺症(請求原因3)

原本の存在と成立に争いのない甲第五及び第六号証によれば、原告は本件事故により、左大腿骨顆上部開放骨折、左膝挫滅創等の傷害を負い、済生会病院に昭和五九年一二月一八日から昭和六〇年七月二九日まで入院(二一四日間)、同月三〇日から昭和六一年四月二三日まで通院(二六六日間、内通院実日数一四日)、同月二四日から同月二七日まで入院(四日間)して治療を受けたが、左下肢の機能傷害(左膝関節の屈曲他動五七度)、左下肢の知覚鈍麻、両膝の瘢痕等の後遺症が昭和六一年五月末日に固定し、自賠責保険の後遺障害別等級第九級の認定を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  損害(請求原因4)

1  治療関係費 五八〇万一六五七円

治療関係費のうち、治療費四五四万六四七七円(抗弁1(二))、入院雑費一七万四四〇〇円(請求原因4(一)(1))、入退院、通院交通費七万〇三八〇円(同4(一)(2))、医師への謝礼九万円(同4(一)(3))、将来のステツキ代三万八四〇〇円(同4(一)(4))については当事者間に争いがなく、本件事故により損害と認められる。

この他入院中に差額ベツド代として一八九万〇四七七円がかかつたこと(抗弁1(一))は当事者間に争いがないところ、原告の傷害の程度を考慮すると、このうち本件事故と相当因果関係あるのは本件事故から約二か月後の昭和六〇年二月二八日までの分(弁論の全趣旨により八八万二〇〇〇円と認められる。)に限られるものと認められる。

よつて、治療関係費は右合計五八〇万一六五七円と認められる。

2  休業損害 二〇三万九九九九円

成立に争いのない甲第一及び第七号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は昭和三三年一〇月一七日生まれ(本件事故当時二六歳)であること、本件事故当時日本國粋会佃政一家尾関内(尾関事務所)に属し、G・O企画(代表は尾関裕計)の従業員という肩書で仕事をし月額二五万円(年収三〇〇万円)の収入があつたこと、入院中は仕事ができず収入がなかつたこと、退院後は仕事ができたもののいくらか収入が減つたことが認められ、右事実と原告の傷害の程度を総合すると、原告は本件事故の日から昭和六一年五月三一日までの間に、入院中(二一八日間)については年収額三〇〇万円全額の二一八日分である一七九万一七八〇円の収入を、その余(三〇二日)は右年収額の一〇パーセントに相当する三〇万円の三〇二日分である二四万八二一九円の収入を得られなかつたと認めるのが相当であり、したがつて原告の休業損害は右合計二〇三万九九九九円であると認められる。

(計算式)

三〇〇万〇〇〇〇×二一八÷三六五+三〇〇万〇〇〇〇×〇・一×三〇二÷三六五=二〇三万九九九九

3  後遺症による逸失利益 八九〇万一六〇〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は症状固定後は尾関裕計が経営する日本集成で働き収入は事故前と同様月額二五万円であることが認められるが、前記認定の原告の後遺症の内容、程度を勘案すると原告が仕事を継続するについては事故前に比べて支障があり相当の努力が必要であると認められるから、原告は後遺症により症状固定時(原告二七歳)から二〇年間、事故前の年収額三〇〇万円の二五パーセントに相当する七五万円を毎年失つたものと認めるのが相当である。右についてライプニツツ方式により年五分の割合により中間利息を控除して事故時(原告二六歳)の現価を算出すると八九〇万一六〇〇円になる。

(計算式)

三〇〇万〇〇〇〇×〇・二五×(一二・八二一一-〇・九五二三)=八九〇万一六〇〇

4  慰藉料 七〇〇万〇〇〇〇円

原告の傷害の内容、程度、治療期間、後遺症その他諸般の事情を考慮すると、慰藉料は七〇〇万円が相当と認める。

5  物的損害、雑費 一〇万〇〇〇〇円

物的損害、雑費として一〇万円がかかつたことは当事者間に争いがなく、本件事故による損害と認められる。

6  1ないし5の合計 二三八四万三二五六円

7  過失相殺(6×(一-〇・四五) 一三一一万三七九〇円

8  損害の填補 一四九五万六四七七円

損害の填補として、抗弁1(一)、(二)、2(一)、(二)、(六)、(七)、3、4の金額が支払われたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二ないし第四号証及び被告菅谷本人尋問の結果によれば、昭和六〇年一月上旬、中旬、下旬に各一万円、同月三〇日に三万円、同年二月九日に一万円がそれぞれ被告らから原告に対し支払われたことが認められ、右はいずれも損害の填補として認められる(右認定に反する原告本人の供述は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)から、損害の填補として合計一四九五万六四七七円が支払われたことが認められる。

9  以上によれば、原告の本件事故による損害はすべて填補済みであるから、原告が既に支払われた填補金の他に損害賠償請求することはできないといわなければならない。

五  結論

以上の次第で、原告の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西茂)

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